親がこどもだった時の話を聞くと、不思議な気持ちになりました。
親はこどもが生まれる前から親としてこの世界に存在していた訳ではないのに。
普段見慣れない眼鏡姿の母を見て、小さかった私はびっくりして泣いたそうです。
親の旧姓の名前を聞くと、とても違和感がありました。
母が電話口に出る時の声が、いつもの声より高くなって、娘のように笑うと知らない人になってしまったようでした。
親にいつまでも親でいてほしいなんて思うのは、私がまだ介護や老後について知らないことが多すぎるのでしょうか。
時は流れて、私は結婚をして名字が変わりました。
こどもを出産後10年ほど、私は眼鏡姿で過ごしていました。
こどもの参観に行くとき、張り切って眼鏡を外し、コンタクトレンズをつけたことがありました。
すると、我が子が知らない人を見るような視線をこちらに投げかけます。…というか、すーっと視線をずらすのです。
決して目を合わせないようにという強い意思を感じます。
知らない人に向ける表情は、私の知ってるこどもの顔ではないようでした。
結婚して、名字が変わったとき、自分のフルネームが全然知らない人のようでした。
私の旧姓は少し変わっていたため、オリジナルな感じが誇らしかったのと同時に目立ちすぎてしまうことが悩みでもありました。
結婚して、割と無難な名前になったため、自分の名前の中の一番目立つ部分がなくなってしまった寂しさもありましたが、病院で名前を呼ばれた時など、そんなに目立たなくていいなとも思いました。
韓国では、夫婦別姓なのですね。
結婚しただけでは名字は変わらないようです。
韓国ドラマを見て知りました。
ドラマの中では、結婚に関係なく改名する登場人物がでてきます。
貧乏だった子供時代の過去と決別するため、復讐するために、素性を隠すために、理由はそれぞれです。
改名前の名前は周りの人からあざ笑われたり、馬鹿にされたりするのに、改名後の名前は高貴な雰囲気として扱われたりしています。
韓国語のどんな名前が日本語で言うと「白鳥麗子」みたいな麗しい響きや雰囲気になるのか、よくわかりません。
名字ではなく、名前の話になってしまいますが、いくつか見たドラマの役名で「ソジン」さんという名前は、美人で高貴なイメージとして取り扱われることが多い気がします。
「ミレ」さんという名前は芸能人の名前のようだと羨ましがられていました。
日本語の名字や名前の響きは日本に住んでる限り、気になるものだけど、日本語から離れた広い世界の中だと記号にすぎないものになってしまうのかもしれませんね。
旧姓は、よく知っているはずの人の全く知らない一面を垣間見てしまったような、そんな不思議な響きがします。
そんな名前にまつわる不思議に感じることでした。
お題「不思議な話」 でした。